各地便り(掲示板)
ジャカルタ便り - かるな
2008/08/24 (Sun) 18:50:36
早いもので、インドネシア滞在(ジャカルタ生活)も1年を過ぎてしまいました。
明け方4時の礼拝から1日が始まるジャカルタは町のあちこちにモスクがあり宗教心の篤いイスラム信者は1日5度もお祈りをします。最初、モスクに近いと知らずに入ったアパートでは、料金先払いのため数カ月間出るにでられずに大失敗。とにかく、静かで、高層でないマンション(地震対策から)を探しまわり、やっと今の住まいに落ち着きました。1Fで小さな庭がついており花を植えたり、蝶を採ったりと日々楽しんでおります。
何より安心したのは、ジャカルタは大都市なので日本食のスーパーも充実しており、種類は限定的ですが、米、調味料、肉(豚肉もあり)、魚(刺身あり)、野菜とほとんど心配ありません。美味しいパン屋さんがあるのも大助かりです。
先日、ローカルスタッフを含め皆でシーフードを食べにアンチョール(ジャカルタ最大のテーマパーク)のレストランに行ってきました。海のそばでエビ、イカ、カニその他いろんな魚を好きなだけ選び、それぞれ料理法を指定して楽しみます。意外と安くお客の大半はローカルの人たちです。車で一時間位かかりますが、お気に入りの店の一つで、もう4〜5回は通っています。
Re: ジャカルタ便り - ばんり
2008/08/27 (Wed) 21:27:08
便りを読んで、18年前にジャカルタとボゴールに行った時のことを思い出しました。ホテルでは、早朝、モスクから礼拝を知らせる独特の音色の大音響に飛び起きて、ああ、ここはイスラム圏だと実感したが、現在も同じなんですねえ。
会議やバスでジャワ島を半周して接した限りでの話だけど、インドネシア人は控えめで日本人と似ている気がしました。また、ちょうど夏で、夕方には簡素な家から床几を出して夕涼みをしている人たちを多く見かけ、これは1955年前後までの日本の情景にそっくりだと、懐かしくなりました。でも、たぶん、その情景は今のジャワ島から消えているんでしょうね。
食べ物は、スパイシーだったこと、生まれて初めてドリアンを食べたこと以外、何も覚えていない。そこで、今日昼に、赤坂見附にあるインドネシア料理レストランでランチを食べてきました。950円でデザート・コーヒー付きなので、リーズナブルです。それと、都心の昼のレストランは行列待ちが多いが、すいていたのも良い。
このランチを食べて思い出したのは、インドネシアコーヒーは底に粉が残ること、それと当時教わったマナーとして、インドネシア人は右手を使って直接に食べ物を取って食べる、他方、左手は(トイレットペーパーを使わないので)尻を拭く。だから、握手では決して左手を使わないこと、であった。このマナーは今でも当てはまるんですか?
なお、今日のランチで疑問だったのは、串に刺した焼き鳥が添えてあったこと、焼き鳥は伝統的なインドネシア料理なのか、それとも、日本のインドネシア料理レストランだからあるのか、ということでした。
ニュージーランド便り―初冬― - 織場 貞人
2008/07/23 (Wed) 23:11:25
日本の皆さんは暑い夏を迎えておられることでしょう。私の住むニュージーランドは、いま冬を迎えております。6月末に撮った写真を遅ればせながら送り、初冬の便りと致します。
◆カンタベリーの山と牧場(写真)
撮影場所は、カンタベリー地方です。カンタベリー地方は平野が多いですが、これはアルプス等山側に近い地域です。カンタベリー平野は、東の海側に、南島で最大の都市・クライストチャーチを含んでいます。
ニュージーランドは、北海道を除く日本の国土に、人が420万人ほどしか住んでおらず、南島はさらにその4分の1ほどの人口しかいません。逆に、羊が人口の10倍ほどいると言われています。だから、カントリーはご覧のような風景が広がります(手前の白い点々は羊です)。
Re: ニュージーランド便り―初冬― - ばんり
2008/08/14 (Thu) 10:06:35
ニュージーランドは、一度行ってみたい国です。南島の気候は、東北〜北海道くらいなんでしょうね。四季折々の大自然、牧場農場での暮らしぶり、民俗行事など、またお便りください。
7月初旬の有機栽培・桃園風景 - 山梨オーチャード
2008/07/20 (Sun) 09:00:11
現在(7月中旬)は、マルチを敷く為草は倒してありますが、一週間前までは桃園は、この様な状態でした。土と樹の間に干渉地帯を設け、ここでアブラ虫やハダニなどの害虫といわれる虫たちが生存できてればおのずと樹への優先順位が下がるだろうという取組です。一部ハモグリ蛾などの虫は暴走していまして防除をしなければなりませんが、その他は被害が少なくとても楽になりました。腐敗病には袋かけや梅雨明けの高温に熟す品種を主体にしています(敗星病は高温になれば出ません)、又草がマルチになっていますので、作業中に土の菌が上に上がることがなくその為の病原菌は低いレベルになっていると思われます。異常な気候変動や天敵の消滅などで何が起こるか予測がつきませんが生態系を味方につければ薬剤より高い防除効果が無料で得られたという経験は、これからも頼りになります。
Re: 7月初旬の有機栽培・桃園風景 - ばんり
2008/08/02 (Sat) 11:24:28
生物諸種のバランスの中で共存するという生態系システムは、人間社会にも当てはまれば良いですね。有機農業という営みを通じて、生態系と経済性とが共存可能だという証明をしてもらえると素晴らしいです。
2008/05/14 (Wed) 11:49:23
木村五郎って、農民美術ってご存じですか今から80数年前に「冬の農閑期を利用した農民が生み出す工芸品作り」が全国に広がりました
木村五郎は秋田大湯・長野伊那・京都宇治・伊豆大島で彫刻を村人に教えた講師です
写真は木村五郎の意匠による各地の風俗木彫作品です
(詳しくは「陶芸と彫刻コーナー」でご覧ください)
Re: 農民美術ってご存じですか - ばんり
2008/06/07 (Sat) 23:52:54
伊豆大島に明治末〜昭和戦前期に芸術家が多数行くようになった切っ掛けは何なんですかねえ?ゴーギャンのタヒチの影響はありますか。
それともう1つ質問ですが、木村五郎が教えた地域で、教え子が育って、現在も風俗木彫りが作られている地域は、伊豆大島のほかに、どこがありますか?質問ばかりで済みません。
2008/06/16 (Mon) 14:32:36
美術家たちの「南洋群島」という美術企画展が公開されていますが、好評のようです。大正期に大島よりもっともっと遠くのミクロネシアなどに50人近くの画家が画題を求めて渡っていますが、その二割の画家が伊豆大島にも来島しています、太平洋に遮られたおかげで都会と違った島特有の文化が色濃く残っていたことが理由のひとつだと思います。和製ゴーギャンと呼ばれた上野山清貢はサイパンに行ってます、放浪の果てにたどり着いた大島で小説家の素木しづと知り合い結婚しました。これからも大島を描いた画家の作品図録、文人墨客の作品や紀行記を掘り起こして「大島に何があったのか」それを後世に引継ぎたいと思っています。(画像は大正3年頃の中村彝の作品【大島風景】
農民美術に関しては最盛期の昭和初期には全国で農民美術生産組合が200近くあったと言われています。時代のいろんな出来事があって20年近くでこの運動は沈静化してしまいましたが、運動の発祥地である長野上田では地場産業として定着していますが、木片人形より手鏡や木鉢や獅子舞などの板彫りが主流です、大島の他で当時の木片人形が生き続けているという話はあまり聞きません、「御鷹ぽっぽ」もその流れの一つらしいです。
農民が木彫を習い出身地へ戻って独自の作品を生み出しています、もう80年も前の話です、何とかこの運動の全容を記録に留めたいと思って活動しています。
2008/06/02 (Mon) 10:39:03
NPO法人西荻まちメディアが主催する薪能に行ってきました。結構広い鎮守の杜の中という風情の井草八幡宮の神楽殿は幽玄な趣があり、薪能は大成功
のようでした。若い人の参加もあり、活動的な街づくり集団のようでした。演目の杜若は丁度季節にも
マッチしており、能にしては動きが多く、見ごたえ
のある薪能でした。
Re: 西荻薪能 - 管理人・ばんり
2008/06/10 (Tue) 21:38:27
西荻のような都会のど真ん中に伝統的な能が残っているっているのに吃驚しました。農村でさえ、伝統芸能や行事を残すための苦労話を聞きますから。今年の農民文学賞受賞作・前田新「彼岸獅子舞の村」も、そうした1つです。粗筋は、次のようです。
伝統芸能・獅子舞保存会長の主人公は、その担い手確保のために村人に頼み歩く。だが、世の中の厳しい状況を反映して、夜勤、倒産、病気、家族崩壊など諸々の事情で、引き受け手がなかなか集まらない。
そうこうするうちに、若者の演じる主役の獅子舞役が事故にあい踊れなくなる。主人公が、途方にくれていたところ、都会で大学生になっている息子が春休みで帰郷する。そして、自分が引き受けると買って出て、獅子舞は無事に終わる。
その夜、テレビで息子の踊る姿を見たという、同じ大学で民俗芸能を学ぶ女子学生から「感動した」という電話が入る。ひとつのことが終わり、そして、なにかひとつのことが始まる、時(そして、世代)の移りゆく姿に主人公が感慨をおぼえるところで、この小説は終わる。
仮に、西荻の薪能を素材に小説を書くとしたら、どんなストーリーが展開するもんでしょうか?そこに都会の異相が垣間見れたら、面白いでしょうね。(当初、彼岸獅子舞野村」の論評も載せたが、長たらしくなるので省略)
陶炎祭(ひまつり) - ま
2008/05/27 (Tue) 22:33:25
ご報告が遅くなりましたが…。
GWのよく晴れた1日、笠間の陶器市『陶炎祭(ひまつり)』に行ってきました。仲良し友達夫妻と4人で朝8時半すぎに会場入り。どっぷり笠間焼の世界を堪能しました♪
陶器好きだけど、特に笠間焼は大すき。作り手の発想が自由で、アートで、でも庶民的で、買うときも家で使うときも、作り手とメッセージのやりとりができる感じが、いい。
今は夫婦で笠間ファンだけど、もとは両親と弟と何度か行ったのがきっかけです。結婚してからは毎年のように陶炎祭に行っているので、知り合いor作風の分かる作家さんが増えてきたのも楽しい。
ただ、すでに家の広さ(狭さ)に比べ食器を持ちすぎているので今回は見るだけ!と…言っていたのに、なんだかんだ購入。あは。
でも好きな食器に囲まれていると食卓が楽しく&生活が豊かになります。…♪
Re: 陶炎祭(ひまつり) - 管理人・ばんり
2008/06/10 (Tue) 09:45:41
笠間の5月連休の陶器市、これまで5回ほど車で出かけたことがあるけど、うち2回は交通渋滞で途中断念。混むんですねえ、難点は。それはそうと、緑の郊外を走るドライブと気に入った陶器を探す楽しみがあって、良いです、笠間・益子の陶器(窯元)廻りは。
TV番組のお宝なんでも鑑定団を見ていて、もっとも価値評価の難しいのが陶器。本HPでもいずれ専門家にご登場を願って、陶器についての見方・考え方を披露してもらう予定ですので、ご期待ください。
2008/06/09 (Mon) 20:42:46
南房総市岩井の枇杷狩りに行ってきました。
枇杷園は30分2千円で、雨の日のおまけがあり大玉28個GET。道の駅の売店は大玉12個3500円、駅前の果物屋は同等品が2800円。道の駅の説明では農家からの委託販売だから安いとのこと
でしたが、事実は上記の通り。道の駅の経営方針を
どなたか、ご存知ありませんか。
Re: 枇杷狩り - ばんり
2008/06/09 (Mon) 23:08:13
道の駅の方が値段が高いのは妙ですねえ。手賀沼の近くの道の駅まで、車で20分はかかるけれど、近所の人達の一部は安いからと、ときどき出かけています。
以前に滋賀県の道の駅で農作物を売っている農家に聞いた話だと、市価の8割掛けの定価をつけるとか。それでも、近所の主婦や高齢の生産者が多いので、大市場で買い叩かれるより所得が良くて、喜んでいる、と言っていました。
だから、南房総の方が例外的な気がしますねえ。モノが特殊だとか、観光客目当てとか、別の事情が作用しているのではないでしょうか?
八重咲きの桃 - 山梨オーチャード
2008/05/01 (Thu) 14:48:26
本年も突然変異の巨大な八重の桃の花がさきました。今まで30年近く花をみてきて昨年と本年と2年続けて咲きました。昨年一輪で本年は2輪咲きました。近年暖冬に加え冬から春にかけて気温の変動が激しく、植物も生き残りをかけて大変化しだしたのではないかと、少し怖いような気がしています。
Re: 八重咲きの桃 - ばんり
2008/05/12 (Mon) 13:59:39
八重の桃花、華麗ですねえ。ガーデニング歴25年の伴侶に、「突然変異種を見たことある?」って聞いたら、「小さな庭で園芸種を作っている限り、突然変異なんてお目にかかれないわよ」と宣う。突然変異種は、通常では見られないものらしい。とすれば、桃花の突然変異種の便りを、へェーで済ませて良いものか?
2ヶ月前に見物した河津桜は、1955年に一住民が見つけた自然交配の新品種。早咲きで開花期間の長さと桃色の美しさで、1970年前後から川堤などに植えられ、いまや町民だけでなく、東京圏からもわんさと観光客が見に来る。武田信玄の「人は石垣、人は城」ではないが、山梨も川堤からコンクリを引っ剥がし、桃の樹で固めてみたら良いのではないですか。虫や鳥が舞い、魚の泳ぐ自然を取り戻し、花を愛で、果実を食べ、観光収入で懐も潤うという、現代版の花咲爺の物語。山梨の県庁やJAの農業技術員の皆さん、こういうストーリーの展開は如何でしょうか?
一葉桜まつり - わたる
2008/05/01 (Thu) 14:06:10
浅草寺裏で開催されている「一葉桜まつり」を見学してきた。この祭は今年で第6回目。2003年に台東区が実施した「江戸開府400年記念事業」の一環として、千束3丁目交差点から吉野通りまでに「一葉桜」が植樹されたのに併せて、地域振興&地元商店街の活性化策として開催されているイベントだ。このあたりはもともと「吉原遊郭」があった地域。
イベント開始当初は、吉原にあった引き手茶屋「松葉屋」の関係者が主催していた。松葉屋は昨年でイベントから撤退し、今年からは地元住民主催のイベントへと衣替わりしたが、メインイベントである「花魁道中」の華やかさは、少しも見劣りしないものだった。「一葉桜」は雌しべが葉っぱのように変質した八重桜の一種だが、作家・樋口一葉が愛でた花だという口伝もある。また一葉一家が雑貨屋を営んだ龍泉寺町はすぐ隣町で、現在は一葉記念館になっている。
Re: 一葉桜まつり - 武子 Home
2008/05/01 (Thu) 22:29:41
「一葉桜」という品種があることを初めて知りました。そのお祭りまであるんですね。樋口一葉が龍泉寺町で雑貨屋を始めたのは戸主として母妹を養うためでしたが、貧乏していつも地味な着物ばかり着ていたようです。ですから華やかな花魁道中は娘らしい着物に縁無く夭折した一葉の魂を慰めてくれることでしょう。私は4月28日に信州にて、満開のしだれ桜を見ました。
3月初めの伊豆・河津桜 - ばんり
2008/04/14 (Mon) 23:12:54
伊豆に1泊2日のドライブに出かけた。まず、クレマチスの丘(裾野市)にたち寄り、庭に植えるクレマチスを買い求めた。その日は伊豆長岡温泉に一泊。翌日は伊豆半島を縦断し、途中で昭和の森文学館を見学、伊豆が大正・昭和戦前期の文人たちの避寒行楽地であると共に、湯治療養の場であったことを知る。「うす紅に 葉はいちはやくもえいでて さかむとすなり 山ざくら花」(牧水・石碑)……死を身近に意識した戦前の文人たちの張りつめた精神が、そこにあるような気がした。終着地は早咲きで知られる河津桜、川の堤を利用して作られた並木の桜が満開であった。